はじめに
1.1 研究の目的と意義
1960 年、北京大学にて日本語専攻修士課程が初めて開設された。それから60 年が経ち、2020 年の中国には日本語専攻修士課程を開設した教育機関が 125ヶ所に達した。規模が拡大している中、その内訳も多様化しつつある。元々は、文学、言語、翻訳、文化の研究がほとんどであったが、今では、日本の社会、経済、国際関係などの研究も新たな研究領域として、日本語専攻修士課程の一部となった。
一方、海外における地域研究ではアメリカなどの国が先陣を切っており、地域研究が盛んに行われてきた。第二次世界大戦後アメリカが超大国になっていく中、地域研究が重視されるようになり、甚だしい成果をあげた。イギリスの大学においても、日本語専攻にて「日本研究」教育が展開されている。また、日本の大学の改革案として、東京外国語大学では言語、文化研究とは別に、地域研究を専門に扱う学科を独立させるパターンを取っている。
中国も国力の向上に伴い、地域研究が重要になっている。具体的には、2013年中国政府が提唱した「一帯一路」構想の推進に伴い、地域研究の必要性が訴えられている。そんな中、2017 年中国国務院学位委員会が「外国語言文学」の下に、「地域研究」という二級学科の設置を正式的に発表した。
従って、国家の発展に着目して、日本語専攻において「日本研究」教育を進めることは避けて通れない課題となっている。
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1.2 先行研究
大学における日本語専攻の地域分析に関する研究はさまざまな視角から議論が続いている。以下では、先行研究の内容を学部と大学院、および中国国内と海外に分けて整理する。
1.2.1 学部日本語専攻における非言語教育に関する研究
戴緯棟(2008)は中国の日本語専攻の発展プロセスについて考察し、日本語専攻の人材育成のパターンの変遷をまとめ、学問分野別に各大学における日本語専攻の人材育成の特徴も明らかにした。同研究では日本語専攻修士課程の人材育成にも触れたが、細かくまで行っていない概説にとどまっている。修剛(2011)は中国の高等教育機関における日本語専門教育が盛んになっているが、モデル転換の必要性を取り上げ、日本語専攻の教師にしては日本社会、日本経済などの問題を研究する者の需要が多くなると述べた。また、伏泉(2013)は文献資料を整理し、教育史研究の観点から、各時期の社会情勢及び中日関係に注目しつつ、学部と大学院の日本語専攻教育も含めた新中国の高等教育機関における日本語教育史に関する総合研究を行った。
席娜(2014)は中国の五つの4年制外国語大学と韓国の二つの 4 年制外国語大学を事例として取り上げ、それぞれの教育プログラムとシラバスに基づいて、科目名、学期、単位、授業概要、到達目標などを分析対象とし、カリキュラムの目的、対象、内容などを中心に考察した。中韓両国の外国語大学における日本語専攻のカリキュラムの特徴を比較することにより、その共通点と相違点を明らかにした。そして、新たなカリキュラムの方向性を提示し、具体的な提案を行っている。さらに、席娜(2015)は外国語大学の日本語専攻教育において影響力を持っている韓国に視線を向け、韓国外国語大学と釜山外国語大学の日本語専攻の概況、教育の目標及び授業の設置を対象に考察を行った。同研究では、韓国外国語大学日本語学科に日本語学、日本文学、日本地域学、日本語翻訳と通訳という四つの方向が設けられているという。しかし、その方向設置が地域研究能力の育成に関する論述はなかった。
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第2章 中国における日本語専攻修士課程教育の歴史的変遷と「日本研究」教育の現状
2.1 中国における日本語専攻修士課程教育の歴史的変遷
2.1.1 日本語専攻修士課程の開設数
新中国が成立して間もないころ、日本語科を設置した大学は少なかった。そのため大学院レベルで日本語教育を始めることはほぼ不可能であった。1960年、北京大学にて中国における大学院日本語専攻教育が始まり、入学した 3人の院生の中で、無事卒業できたのは二人で、日本語学を研究分野にしていた①。当時はまだ国家の学術評価機関等による大学院日本語専攻教育に関する全国統一の基準が定められていなかったため、修士号の授与もされていなかったという②。1964 年、同校において行われた二人の修士論文発表会は新中国の高等教育機関における始めての卒業論文発表会となり、その質疑応答の形と流れが見本となった③。この後、中国における高等教育は十年間の空白期を迎えた。
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1981 年 11 月 26 日、初めての修士号の授与資格を持つ教育機関及び学科が正式に公表された①。日本語修士学位を授与する許可を得たのは北京大学、吉林大学及び上海外国語大学の 3 校であった②。その中で、吉林大学は 1979 年にすでに授与許可を実際に獲得している③。伏泉(2013)によれば、当時日本語専攻修士課程の指導教員の資格を得たのは北京大学の劉振瀛、上海外国語大学の王宏及び吉林大学の王長新であった。同時期、日本語専攻修士課程修士課程を設置し、日本語専攻の大学院生の育成に取り組んでいる大学が他にもある。しかし、修士論文発表会の開催及び修士号の授与は許可を獲得した三つの大学で行わなければならなかったという。1984 年、黒竜江大学、及び洛陽外国語学院④が相次いで日本語専攻修士学位の授与資格を獲得した⑤。1986 年、三回目に日本語専攻修士学位の授与資格を獲得したのは北京外国語大学、北京第二外国語学院、対外経済貿易大学、国際関係学院⑥、天津外国語大学、大連外国語大学、復旦大学、南開大学、中国人民解放軍国防科技大学国際関係学院の 9校であった⑦。
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2.2 日本語専攻修士課程における「日本研究」教育の現状
ここでは、現段階において中国における日本語専攻修士課程の研究コース開設状況について全面的に概観したい。 2020 年に日本語専攻修士課程①で新入生を受け入れた90ヶ所の教育機関②を対象に、研究コースの開設状況について整理した。(表 2-5 を参照)
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研究コースとしては、「日本語学」「文学」「翻訳」「日本語教育」「文化」「社会」「経済」「日本研究」「地域研究」「思想」「歴史」「民俗」「東北アジア研究」「東アジア交差文化研究」の十数個で構成されている。
その中に、日本関連問題を研究し、日本研究関連コースとして扱うことができるのは、「文化」「社会」「経済」「日本研究」「地域研究」「思想」「歴史」「民俗」「東北アジア研究」「東アジア交差文化研究」の十の研究コースである。
各研究コースの開設数から見れば、言語研究コースが一番多く、次が文学研究コースである。日本研究関連コースの中に、文化研究の開設機関が遥かに多い。約三分の二の教育機関において文化研究コースが開設され、その割り合いがかなり高いレベルにある。その中に、「思想文化」「歴史文化」「社会文化」と名乗っているのもいくつかある。続いては翻訳研究コースと日本語教育研究コースである。上海外国語大学のように、翻訳研究と日本語教育研究の教育を独自の研究コースとして設置して行うのではなく、言語研究コースの内容として展開する教育機関もあるので、実際に翻訳研究と日本語教育研究の教育を取り組んでいる教育機関がさらにあると考えられる。日本研究関連コースの中に、文化研究コースに次いだのは社会研究コースである。文化と組み合わせて、社会文化コースとして成り立っているのが半分ぐらいある。同様に、社会経済コースとかもある。残りなのは「経済」「日本研究」「地域研究」「思想」「歴史」「民俗」「東北アジア研究」「東アジア交差文化研究」などの研究コースである。研究分野は広いが、開設機関の数が僅かである。すなわち、日本語専攻修士課程における日本研究関連コースの発展にはまだ十分な余地があると考えられる。
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第3章 日本語専攻修士課程における「日本研究」教育の事例分析....... 20
3.1 上海外国語大学における日本語専攻修士課程の内訳 .............. 20
3.1.1 教育目標 ................................................ 20
3.1.2 入試情報 ................................................ 21
第4章 上海外国語大学と広東外語外貿大学の日本語専攻修士課程「日本研究」教育の比較....................... 40
4.1 上海外国語大学と広東外語外貿大学の大学院「日本研究」教育の異同 ............................ 40
4.1.1 大学院生の資質 ................... 40
4.1.2 教師陣 .................................. 41
終わりに......................... 44
第4章 上海外国語大学と広東外語外貿大学の日本語専攻修士課程「日本研究」教育の比較
4.1 上海外国語大学と広東外語外貿大学の大学院「日本研究」教育の異同
4.1.1 大学院生の資質
両校では、大学院入学以前の学生たちの知識構造に関する考慮は大学院入学試験の設計から見れば、大きな差異が存在する。
まず、広東外語外貿大学の日本語専攻修士課程では 2010 年から、各研究コース向けの試験科目が特別に設置されている。そして毎年の募集項目の変化による更新もされている。2020 年の学生募集項目を取り上げてみれば、「思想文化研究コース」「社会経済コース」「東北アジア研究」に分けているという募集コースの設計に応じて、それぞれ、「日本思想文化研究総合試験」「日本社会経済研究総合試験」「東北アジア研究総合試験」が設けられている。それに対し、上海外国語大学の場合は、日本学研究コース及び東アジア交差文化研究コース志望の入学試験科目も他の研究コース志望と同じで、筆記テストには日本語能力の検定科目しか設置されてない。すなわち、日本研究に関する学生の知識構造には特別な要求がないと考えられる。
日本語専攻の学部教育では、文化以外の日本研究関連分野の教育が少なく、そして不揃いであるといった状況と両校の違いを合わせて考えれば、研究分野別に設置される試験科目が、日本研究関連分野の教育が進んでいる学校出身の学生はともかく、他の日本語専攻の学部卒業生にとっては難しいかもしれない。そうすると、大学院では日本研究について勉強したいが、関連知識がなくて、進学の成功率を上げるために、日本研究関連コースの志望をあきらめる学生もいると思われる。
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終わりに
本稿では、中国における日本語専攻修士課程で行われる「日本研究」教育について全体の状況を整理し、上海外国語大学と広東外語外貿大学を事例に比較分析を行った。その結論について以下のようにまとめる。
まず、第 2 章では、中国における日本語専攻修士課程教育の歴史的変遷について考察し、日本語専攻修士課程教育を展開する教育機関の数も募集人数の規模も、約 50 年間の発展を経て、安定してきたという発展の軌跡を明らかにした。そして、日本語専攻修士課程教育では量ではなく、質を強調している中、現段階では、中国における日本語専攻修士課程で行われる「日本研究」教育の現状について考察した。研究コースの開設状況から見れば、文化、社会、経済、日本研究、地域研究、思想、民俗、歴史、東北アジア研究、東アジア交差文化研究コースの十種類の研究コースが開設されている。その中に、文化コースだけを開設している教育機関は約三分の二を占めている。日本研究関連コースの多様性から見れば、外国語系大学の方が高い。また、日本語専攻修士課程教育の前段階である学部日本語専攻教育における「日本研究」教育の現状に関する考察を通して、全体から見れば、大学院入学以前の学生たちの日本研究に関する知識構造が弱く、そして、それぞれの大学において差異が存在することも確認できた。
第 3 章では、日本研究関連コースがどのように展開されているのか、そして、学生側の受け入れ状況がどうなっているのか、を究明するために、上海外国語大学と広東外語外貿大学を研究対象として取り上げ、①教育目標②入試情報③研究コースの設置と指導教員の状況④カリキュラムの設計⑤修士論文の状況の五つの角度から、事例分析を行った。
参考文献(略)