1 序論
1.1 実践の背景
グローバル化と新しいマスメディア技術の発達に伴い、異文化コミュニケーションが急速に進展し続け、諸異質文化がシンクレティズムの調和によって多彩なコンテンツを生み出した。近年中、「クールジャパン」1という文化戦略のもと、日本政府が書物・映画・ドラマ・アニメ・マンガ・ゲームといった豊富的な形式によって、伝統的日本文化の要素を含むコンテンツを海外へ輸出しようとする動きが続いている。
日本の妖怪文化は、蒼古の記紀神話を嚆矢とし、平安朝の王朝文学に形作られ、鎌倉・室町の説話集と絵巻物で広く流行し、ついに江戸時代の草紙・怪談・百物語の中に集大成した。[1]目下、妖怪文化は各メディアを通じてコンテンツに頻繁に取材され、日本のポピュラーカルチャーの最も重要な源泉だと言える。
翻訳行為は、異文化コミュニケーションの過程に有力な媒介として作用を発揮している。江戸時代の草紙作家は明代の中国から舶来の志怪小説を巧みに翻案し、日本を舞台とする妖怪物語を演じた。一方、現代の中国では、京極夏彦の妖怪物・怪談系アニメ・妖怪題材のゲーム『妖怪ウォッチ』が、次々と翻訳され輸入してきたので、日本の妖怪文化は中国の若者に人気を集めている。
近年、日本の妖怪文化を紹介する入門書は中国で次々と出版されたが、妖怪学に関する研究著作はほとんど翻訳されていない。井上円了の大著『妖怪学講義』は 1906年に蔡元培の逸筆によって典雅な中国語に訳されたが、蔡氏が翻訳し出した分はただ『妖怪学講義』全六冊のうちに「緒言および総論」という第一冊だけで、井上円了以降の妖怪研究は長期的に中国人の視野から外れていた。それで、本翻訳実践の目的は、江馬務の著作『日本妖怪変化史』の翻訳を通じて、妖怪研究の系譜を全うした重要的学術文献を紹介することである。
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1.2 実践の内容
本実践は、筆者が中国の後浪出版株式会社と翻訳契約を交わし、翻訳者として民俗学者江馬務の『日本妖怪変化史』を中国語に訳すという実践に基づいて作成されたものである。江馬務の『日本妖怪変化史』は、明治時代の「妖怪博士」井上円了の一連の著作と並んで、柳田国男の民俗学以前の先駆的研究とされている。単行本の初版は大正十二年(1923)、中外出版社に発行された。同年 12 月の同書再版を底本とし、『風俗研究』87 号(1927)に掲載された「文芸上に表われたる鬼」および「火の玉」を併載した。昭和二十六年(1951)には『おばけの歴史』と改題して学風書院より刊行された。さらに、昭和五十一年(1976)には中公文庫より単行本として復刊されたことからわかるように、今でも妖怪学に関する基本文献として評価されている。原文(日本語)は約 9 万字で、訳文(中国語)は 75856 字であり、2021年に中国で出版される予定である。
本書は日本妖怪学の系譜に重要な位置を占め、井上円了の研究成果を止揚し、柳田民俗学の新たな道を啓発する役割を担う。「妖怪」をめぐる研究は明治時代から本格的に発足する。最初に「学術用語」として作られた「妖怪」という語を意識的に用い出した人は、近代の哲学者井上円了であった。しかし、日本妖怪学の創始を多大な貢献をなした井上は、近代合理主義の立場から、「妖怪」を「迷信」・「あやしい現象・存在」と定義する。「洋の東西を論ぜず、世の古今を問わず、宇宙物心の諸象中、普通の道理をもって解釈すべからざるものあり、これを妖怪といい、あるいは不思議と称す」[2]。古今東西の書物を渉猟し、妖怪に関する記事を抜き出し、厖大な研究群をつくりだしても、科学合理主義に従う井上にとって、妖怪は撲滅の対象に過ぎない。
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2 本実践の理論枠組み
2.1 厚い翻訳理論
Appiah(1993)[3]では、「厚い翻訳」(thick translation)とは、注釈・論評・解説・コメントなどの方法でテクストを豊かな言語文化ロケールに置き、起点言語の文化特徴を保持することで、目標言語文化が他者文化に対してより十分な理解、より深い尊重を与えることを促進することを目的としている。
「厚い翻訳」という概念は元来、Geertz が提唱した「厚い記述」(thick description)に倣い、敷衍して翻訳研究に応用するものである。Geertz(1973)[5]は、未知の人びとの行動の裏にある文化的なコンテクストを理解できるように記す民族誌を「厚い記述」と呼んでいる。これは文化人類学の研究対象である民族の行動表現·文化シンボル·社会体制などの「行動」から、内包的な意味構造を発掘することを指す。Geertzは、「厚い記述」の任務が「行動」の背後に隠れた形式と意義だけでなく、他者文化の深層内面性を説明することによって、異文明間のコミュニケーションに有利であると指摘した。
Appiah が Geertz の「厚い記述」を翻訳理論の領域において応用し、他者を尊重しつつ、誠実な翻訳を通じて、起点言語の文化的背景を読者に理解させる手法として、「厚い翻訳」を提唱した。この翻訳視点から見れば、厚い記述における意図と情景への重要視を文学テクストの翻訳に応用し、「作者意図」と「文化的コンテクスト」を強調するのは要所である。
Appiah の厚い翻訳理論には「作者意図」・「文化的コンテクスト」・「文化差異」という三つのポイントがある。
(1)作者意図:言葉(utterance)が行為の産物であるので、言葉の発生はすべての行為と同様に、相応の意図(intention)がある。一般的に、話し手と聞き手はある種の通常(convention)に従い、なるべく通常の意味を通じて両方の理解を一致させている。しかし、字義的意図(literal intentions)以外の意図が隠れている場合もある。起点言語では通常どおりにある字義的意図を伝えるが、目標言語ではできない場合、翻訳者は起点言語から目標言語に直訳することはできない。
(2)文化的コンテクスト:厚い翻訳はコンテクストに依存し、具体的な読者層を明確にするとともに文脈化(contextualization)を重視し、それは訳注とコメントを用いることで実現できる。
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2.2 パラテクスト
Genette は 1979 年から発表した一連の論文の中で、パラテクスト概念を構築し、特に 1987 年に出版された『Seuils』でパラテクストについて詳細に論述し、パラテクストの定義・分類・機能・効果・研究ルートと方法論を述べた。Genette(1987)[4]によると、「つねにテクストと伴っている作者の署名・タイトル・序論・イラストレーションなどはテクストを強化する役割を果たしている。......このような異なる形式・範囲・スタイルの付随的形式が文学作品のパラテクストを構成していると思う。」 要するに、パラテクストとは、周縁性と補完性が持たれるテキストを囲む言語学や画像学的要素であり、テクストを拡張したり、作品を表現したりする副次的な部分である。
Genette の分類法によると、パラテクストはペリテクスト(peritext)とエピテクスト(epitext)の 2 種類に分類できる。ペリテクストには、題名・副題・筆名・前書き・献辞・題辞・章注釈・跋序文・後書き・出版情報などを含む。エピテクストには、読者に向けて提供する書籍情報(例えば、著者に関するインタビューや作者が提供する日記、さらには作者の性別、年齢、生涯経験など)を含む。
翻訳学におけるパラテクスト理論の応用に伴い、注釈(訳注を含む)は最も特徴的なパラテクストタイプとして翻訳研究者らの関心を急速に集めている。
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3 先行研究.............................................6
3.1 パラテクストとしての訳注研究........................................6
3.2 厚い翻訳理論視点からの訳注研究.............................................7
3.3 先行研究のまとめと本実践の位置づけ.....................................8
4 翻訳実践のプロセス...................................10
4.1 実践の準備..................................10
4.2 実践の流れと進度...................................10
5 『日本妖怪変化史』の翻訳実践........................................12
5.1 『日本妖怪変化史』におけるパラテクストの構成.................................12
5.2 訳注の分類と機能分析...........................12
5 『日本妖怪変化史』の翻訳実践
5.1 『日本妖怪変化史』におけるパラテクストの構成
Genette が指摘した典型的なパラテクストのモデルを応用し、『日本妖怪変化史』におけるパラテクスト類型を分類した結果、「文章」、「インデックス」、「イラストレーション」、「訳注」という4種類のパラテクスト類型が出現した。そのうち、「文章」は主に作者の自序と中公文庫本の解説を指す。「インデックス」は目次と妖怪名称の索引を指す。「イラストレーション」は中公文庫版の表紙と京都大学の古書・絵巻物から蒐集した妖怪に関する挿し絵を指す。最も重要なパラテクストとしての「訳注」について、原書には脚注はないが、挿し絵を説明する59 例の注釈がつけられている。また、本書は日本古典文化ときわめて密接に繋がっており、目的語の読者にとって読みやすい文章にするために、訳者が訳文のテクストを構成する過程に 207 例の訳注を加えた。
李徳超、王克非(2011)[12]は、民国初期の文学者周痩鵑が翻訳した外国小説を対象とし、訳注を「暗示の訳注」と「明示の訳注」に分けている。「暗示の訳注」とは、標識も説明も一切なし、訳文の中に巧みに編み込む訳注を指す。近代中国における泰西文学翻訳の初期、林紓のような翻訳者らは「暗示の訳注」をより普遍的に使用していた。これに対して、「明示の訳注」とは括弧付文字・脚注・後注のような、本文と区別する標識がある訳注を指す。また、周痩鵑の訳本に採用された「明示の訳注」は、「文化・風俗の概念」、「文学の概念」、「社会・政治の概念」、「経済・軍事の概念」、「物語の解釈」および「訳者の会得」という七つの類型がある。しかし、「文学」、「文化・風俗」、「社会・政治」、「経済・軍事」などの概念が「固有名詞」の上位類型に含まれる。すなわち、この訳注分類法は、ただ「固有名詞」、「物語の解釈」および「訳者の会得」から構成される。
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6 結論
6.1 実践のまとめ
本実践は、厚い翻訳理論に基づき、『日本妖怪変化史』を中国語に翻訳する際、パラテクストとしての訳注の分類および機能を実践的に再考した。その結果、下記の通りである。
厚い翻訳理論によれば、訳注は目標言語のテクストに「作者意図」、「文化的コンテクスト」および「文化差異」を保証する技術的装置である。『日本妖怪変化史』における訳注は、「固有名詞」、「言語解釈」、「典拠」、「勘校」、「間テクスト性」および「超テクスト性」という七つの類型がある。そのうちに、
(1)固有名詞・言語解釈・典拠に対する訳注は、主に文化的コンテクストを再構成する役割を分担し、殊に、言語解釈の例のように、明示化の翻訳ストラテジーによって起点言語の熟語や俗諺などを訳すのは、文化差異への尊重を表す。
(2)勘校の訳注は、作者の書き間違いを訂正する機能を有していることが明らかになった。
(3)間テクスト性に対する訳注は、テクスト内に相互内的関係がある言語表現を指摘する役割を果たせる。それら相互に呼応できる言語空間のコードは、立ち働く装置で読者の理解過程を作動化させる。一方、超テクスト性に対する訳注は、作者の意図により織られたテクストを解き出し、複数テクスト元来の順序と位階を脱構築し、言説空間に並置し、新たな相互外的関係として作動化を促進する役割を果たす。その他、間テクスト性・超テクスト性に対する訳注は、ある程度に翻訳者個人の意志と技による産物であるので、翻訳者の主体性を体現しているわけである。そのアカデミック傾向が強い訳注には、国内外の関連研究を提供して、関連論題に興味を持っている読者に更に参考にすることもできる。
参考文献(略)